小論文、認知症について

認知症に対して、どのように向き合うべきか?というお題。
ひとまず、大枠を決めます。
色々あるとは思いますが、まず、認知症というもの、疾患、概念というものとの関係性ということで。
認知症vs自分、認知症vs社会、認知症vs医療なんていう感じの分け方がありそうです。
認知症の患者さんを中心におけば、患者vs医療者、患者vs家族、患者vs社会なんかも考えられます。

大きな枠が挙がったら、次はその下にくるものを考えます。
例えば、患者vs医療者なら、治療法なり、接し方なり。
患者vs社会であれば、社会制度の活用であるとか、勤務先の企業との対応だとか。

大枠、何本かで、書いてもいいですし、大枠一つを取り上げて、その下位にあるものを論じてもいいと思います。
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小論文、仕事の志望動機

仕事の志望動機を書くのって、難しいことがあります。
赤裸々に語ったら、わりと安直だったり、俗っぽい理由しか出てこないからですかね。
親がその仕事だから。
周囲がその仕事を目指すから。
安定した職業だから。
お金が稼げる仕事だから。
などなど。
ただこれらを面接なり小論文なりで書くのは、なんだか気持ち悪いんですよね。
要は、相応しくないからです。
あえて良い印象を与えないようなことを書くから、変に思えます。
上に挙げた理由は、どこも悪く無いと思いますけど、採用の場で主張するのは場違いに感じます。

なんで気持ち悪いのかということを考えますと、短絡があるからです。
言葉足らずで、適当に聞こえるからです。
このことは色々、考えると面白いです。

好きな食べ物は何と聞いて、どこそこの何々のこれが好きとかと答える人がいるとします。
その人に、何故好きなのかと更に尋ねてみて、「美味しいから」とだけ、返答が来ます。
また、あるテーマパークが大好きだと主張する人がいるとします。
彼もしくは彼女になぜかと聞けば、「楽しいじゃん」と答えがきます。
どちらも、変です。
まあ、現実には、そうそうありそうもないですが...実際はそうでもなくありふれていたりもします。
これらが不自然に思えるのは、質問者がもう少し答えられるだろうと思っているところに、希薄な答えが来るからです。
一つの解釈としては、答える人自体が薄っぺらいという可能性があります。
もう一つの解釈は、答える人がわざと薄っぺらい返答をしているということです。
質問者とのコミュニケーションをお座成りにしているわけです。
薄っぺらな人間も、コミュニケーションを適当にしてくる人間も、どっちもまあ印象は良くないですね。

面接も、小論文も、出す側は相手がある程度、答えられるだろうと思っています。
そこで、短絡した答えを出してしまうのは、相手にとっては、不自然です。
でも、反対に、短絡してるから変なものは、短絡させなきゃいいのです。

例えば、親と同じ仕事だからというのは、親の仕事ぶりを見るだとか、親から仕事に関する話を聞くだとか、親の仕事に関連した本を読むだとか、そのような事から、特定の仕事への興味関心を持つきっかけが、幼少から沢山得られたというのであれば、悪くないです。

周囲が目指すからというのは、情報が入ってきやすくて、興味を持っただとか、仲の良い友人たちと、同じ分野で仕事を共にしたいということであれば、いいんじゃないでしょうか。
周囲が目指すし、とりあえず、流されておくかというのは、その人の意志が見えないから、相応しくないんですね。

安定した職業だからってのも、自分は長子で、将来、確実に家族の支えとなれる仕事をしたかったなんだと言えば、いいですし、お金を稼ぎたいのも、親に楽をさせたいだとか、恩返しをしたいだとか、寄付や支援をしたいとかなら、それを表明すれば、気持ち悪さはいささか緩和されそうです。

普段のコミュニケーションでも、言葉足らずにならないようにということを気をつけたいなと思います。

小論文、終末期医療について

文章を読まされ、文章の内容を踏まえて、今後の終末期医療の在り方について自分の考えを書けというもの。

文章の内容、どうのは置いておいて、まずは自分の考えを端的に書き出してみます。
もちろん、文章から材料を取ってきても良いです。
ただ、文章を意識しすぎないほうが、自由に意見が出てくるかもしれないです。
たくさん出てくるなら、当然いいことですし、ひとつしか出ないなら、掘り下げるだけなので、それでも、構わないです。
何も無いというのだけがダメです。
例えば、患者さんの意志を尊重しなくてはならない、ということが思い浮かんだとします。
これは、メインの主義主張にできそうなので、これひとつでも、どうにかなるでしょう。

一つ考え、意見が出てきたら、それについて、三つのことをやってみると良いかもしれません。

一つは、その考えに、似た考え、同じベクトルの考えを連想してみることです。
言い換えを考えてみるといってもいいでしょう。

二つ目は、その考えに、反する考え、逆の方向性の意見を出してみることです。
上の二つは、要は、他の意見に飛んでいけないかということです。
連想した意見は使えたら、使うというだけで、、思い浮かべるだけ、思い浮かべておくといいかなと思います。

最後の一つは、掘り下げること。
何故、そのような主張をするのか?
具体的にはどういうことなのか?
必要なことは何か?
そういったことを考えてみます。

患者さんの意志の尊重ということについて、これらをやってみます。
同様のこととしては:個々人の要望に沿った医療
反することとしては:医師の主導、家族の主導
何故:意志の尊重が不十分な部分があるから、ネガティブな意味合いの終末期医療
具体化:治療開始時の意志の確認、意志の定期的な確認、終末期医療への認識を改めること

で、そうしましたら、大体の流れが作れるので、適当にですが、書いてみます。

患者さんの意志を尊重した終末期医療を目指さなくてはいけないと考えます。
なぜなら、文章にある通り、患者さんの治療意志に基づいた選択で行われない終末期医療というものが存在するからです。
病気の治療可能性が無いことから、消極的に選ばれる終末期医療というものがあります。
しかし、治療のできない病気、完治を目指せない疾患は存在しても、治療のできない病人というものはないと考えます。
現状より、苦痛や苦悩を取り除き、より良い生活を目指すような努力はいかなる場合でも可能だと思います。
患者さん本人が、つらい状況からの回復、改善を求めて選択できる一つの積極的な方法としての終末期医療を提示できるようになることが必要です。

というような感じで、
主張
理由
より具体的にした主張
こういうフォーマット、形式で書けたら、良いのかなぁと思います。

小論文、時間について

時間には、物理的な時間、生理的な時間、主観的な時間というような区別があると考える。
物理的な時間は、客観的な時間とも言えるかもしれない。
別個の個体が時間に対して、客観的な共通の認識を得るための尺度となる。
生理的な時間は主観的な時間の大まかな基礎の部分になるものだと考えられる。
睡眠覚醒リズムは24時間とちょっとだとか、寿命はだいたい70年だとか。
基本的には、我々の体感する主観的な時間は生理的な範疇を超えない。
ただし、主観的な時間は物理的な時間や生理的な時間を超越することがある。
一瞬を永遠のように感じること、またその逆のように感じることは起こり得る。

面接について

就活なり、入試なりの面接についてちょっと考えてみました。
口頭試問なんかではなく、普通の面接です。

まず、質問をきちんと聞くこと。
何を答えれば、良いのかということに注意する。
混乱して論点をズラしてしまうのは避けたい。
しばらく考える間はあっていい。

沈黙にある程度、耐えれられるように。
まず結論、主義、主張を考える。
いくつかあれば、いくつあるのか。
宣言してもいいかもしれない。
宣言しても、増えたらなら、後で追加すればいい。
もしくは、第一に、第二にというような、形式。
まず...や次に...とかの形も。

主義主張に関しては、説明、理由をいう。

相手に通じる、言葉、表現に心がける。
内容は、無難で良い。
内容より一定の形式、綺麗なプレゼンテーションのほうが大切かもしれない。

話しすぎる必要はない。
主導権は相手に委ねる。
会話のスピードに注意。
短い内容でも、ゆっくりで話せば、ある程度の長さになる。
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